患者の証言

ソマリアより
このドキュメンタリーはクリトレイドの患者の一人の心情が見れる舞台裏でとても珍しいものです。FGM被害者がサンフランシスコでドクターバウワーズによって彼女のクリトリス再生手術を受けようとしています。彼女はこの彼女の長い感情的な体験、それまでの彼女の決断や、恐怖、希望、そして手術後の喜びを語ってくれています。
クリトレイドは、女性器切除FGMが終焉するその日までに、その被害者何百万人を癒すことができるように、彼女が撮影を承諾し、彼女の体験を共有してくださったことに感謝します。





ケニアより
私は、今はボツワナで暮らしているケニア人44歳の女です。私はFGMの被害者で、あなた方がこの大切な女性の体の部分を再生していることをインターネットで読みました。 他の多くの被害者の女性のように、私は愛し合う行為(性行為)によっての快楽を感じたことはないので嫌いであります。 あなた方団体が私にこの奇跡を起こしてくれたら、私は一生感謝します。私は裕福ではありません、もし可能であれば、アメリカやブルキナファソで手術を受ける募金を支援してもらいたいです。

エチオピアより
私は、あなた方のような団体を見つけてとても感激しています。FGM被害者を助けるために支援している団体があることを知りとても安心しました。私はエチオピアにいる多くの被害者の中の一人です。私は私と同じ被害者である2人の妹以外その体験を誰にも話したことがありません。私の居心地が悪くなるのは、私が被害者だと知らない友達や同僚がFGMの話をするときです。私はただ話をするのを止め聞き入りながらも、もちろん心が痛みます。大学時代のある夜、私のルームメイト達がFGMの話をはじめ、もちろん私を被害者だと知らないので彼女達は話を続け、なんと悲しく非人道的なんだろうと語っていたのを覚えています。 私はその夜中十泣き崩れました。その時以来、私はいつも肉体的そして精神的に治す方法を探し求めてきましたが、今まで成功したことはありません。現在その思いを止めることができなくなってきています、FGMのため私はたくさんの生理的な問題があります。それを言葉にするのは難しいですが、私をいろんなところで止どまらせています。私の恋愛関係に酷い影響を与えてきました、言ったように誰も私がFGMの被害者だと知らないので、過去に付き合った少数の男性はいつも親密になる前に別れました。なぜなら私の状況を彼らに話せなかったからそして、私がそれによって起こることに直面することができなかったから。それが26歳の今でも私が処女の理由です。そして今私は一人のソウルメイトになれそうな人と付き合っています、今までのように私は彼にそのことを話したときどうなるんだろうと考えるだけで気が狂いそうになります、そんな理由で彼を失いたくはありません。あなた方の団体を見つけたとき、私は涙がでてきそうになりました。私にとって、迷った暗い深いトンネルの中の一つの光でした。なので、この手紙は私に再生手術を受けさてもらえることが可能か聞くために、というよりか懇願したいためのものです。高額なのは承知しています、私のこの国ではできません、私は私のできるかぎりの力でどんなことをしてでも実現させたいです。もし私に手術を受けさせてくれることを考慮してくれるなら、私はお金を集める方法を見つけだします。ブルキナファソに病院を建てようとしてらっしゃるのを知っています、もしそこでもしくはどこの国でも手術を受けられるのなら私はそこにいく方法も見つけ出します。もし実現させてもらえるならば、あなた方は私を世界中の誰よりも幸せな人にさせます、大げさに言ってるのではありません。もし私の今ある状況を知っているのならば、きっと共感することだろうと思います。 どうか私をこの悲惨からお救いください。

ソマリアより
私はソマリアのマキャディシュに生まれました。5歳の時に祖母にカナダに連れてこられました。私は叔母と叔父と共に祖母が私を育ててくれたので、私の両親や他の親族は知りませんでした。 私が思春期を迎えるとき、私の両親のことを常に思っていました、私のことを理解できるのは私の母だけだろうと。私は私の家族に私へのその決断は不平等なものであったと言いたかったんです。私がお父さんと思っていた家族の一員に虐待されたことは助けてはくれませんでした。そこから怒り、恨みそして鬱が生まれました。それから、私が中学一年生のときに、私は母に会うためにエチオピアに送られました。叔母も一緒に付き添ってくれました。 私がどれだけ母と私の兄弟に期待をしていたか言葉にできないくらいでしたが、その彼らは私を一週間もしないうちにほっぽりました。祖母は虚弱なためカナダにすぐに帰国していました。そこからカオスでした、母は私がここから抜け出せたゆういつの”西の国”に移り住めた子だとゆうことに憤慨していました。彼女は私を殴り、私の持ち物を近所の人達に授け、私の心を引き裂きました。私の泣く泣くの助けはカナダの家族に届きませんでした、彼らは私が注目を浴びたいために大げさに感情的になっているだけだと思っていました。私がすべての中で覚えている唯一のことは、ある夜眠りにつき次の朝に朝食をとっていたとき、二人の女性がきて私を押さえつけました。女の人がカミソリを持って近づいてきたとき彼女達は私の両足を押さえていました、わたしは暴れ一度逃げ出すことができましたが、通りに出た私を彼らは再び押さえつけました。この記憶は私にとってとても悲惨だったので、私は文字におさめながら涙が止まりません。私は一週間ロープで足を縛られながら回復していきました。私の家族が母が私にしたことを知ったとき、医者に診てもらうためにお金を送ってくれましたがその時もうすでに遅すぎました。母はお金をすべて自分のために集め、私は小銭一つ見ませんでした。 彼らは私がカナダに帰国できるようチケットを購入してくれました。私は恋愛関係をもてる自信はありません、私は自分の女性器を醜く感じ、誰かと親密になったときにそこを触れられると考えるだけで私は痛みを感じます。私は私のガールフレンドの恋愛に焼きもちをやき、私にはなにか欠けている気持ちになります。 私は自己管理していない娼婦ではありません。もし、あなた方がどうやって私を治せるか私に情報をもらえると嬉しいです。私はついに、過去を捨てる勇気をもてました。私の母は2006年に亡くなり、私はこの傷、痛み、憎しみの肉体的記憶を持ち続けたくはないのです。もう、苦い思いをすることはうんざりです。

西アフリカより
私はFGMを十代に義務ずけている西アフリカからの女性です。ある日を境に、私には羞恥心とトラウマを一生抱えることになりました。私は勉強し、現在夫と子供と米国で暮らしています。 私はこの羞恥心を子供を授かるときと年間のパップテスト(子宮頸癌を発見するために使われる細胞診検査)で体験することになりました。 正直に言うと、最後の3回のパップテストをズルし受けませんでした、なぜなら私の前の医者は3年前に定年退職したので、「どこの国から来たのですか?」と調査中にすぐに聞く他の医者に会いに行く勇気がもてなかったのです。この言葉は私には恐怖です、どうかこの身体的変形を元に戻せる誰かを私に会わせてくれるよう助けてください。

南サハラ砂漠より
私はアフリカの南サハラ砂漠出身です。私は女性器切除の被害者であり、この女性器再生手術についてたくさんの質問あります。私は2ヶ月前に結婚したばかりで、私は半分だけの女性だったことに気づきました。そのため、私にとってセックスは恐怖体験です。私は快楽を感じたことだけでなく、もっと最悪なことに私は自身の体がとても恥ずかしいため夫に本当の事実を隠しています。性交はもっと痛いです、心地が悪いか快感を感じはしません。毎日私は夫の前で笑顔を偽り、そして毎日トイレの中で泣いています。私が正常な妻になれないことを、処女でありつづけていた結婚するときに知ることになりました。 私は彼の反応を見るのが非常に怖く恥ずかしいです。お願いです助けてください!

西アフリカより
私は西アフリカ出身の若い女性です。米国で暮らしています。14歳のとき、社交的で個性あふれた私の性格、尊厳とセクシャリティ(私のクリトリス)は私の意思関係なく奪い取られました。私は私の両親が米国に暮らしていたとき、責任者であった叔父に私が性器切除をしたくないと頼みましたが、彼は聞くのを拒みました。私はクリトレイドに私の肉体的な整合性と共に尊厳の復元の助けをお願いします。私は20年前くらいにもなる略奪された私のクリトリスが再生し、セクシャリティを楽しめるようになることを望みます。ありがとうございます。

FGM被害女性の彼氏より
わたしの彼女は東アフリカ出身です。彼女は子供の頃に米国に来ました。彼女がまだあっちで暮らしていたとき、彼女の父親はFGMのタイプIの手術を無理やり受けさせました。彼女のクリトリスの外覆面は取り除かれ、彼女の内なる陰唇の一部があるようです。私達は付き合い始めて一年以上になりますが、彼女はいつもなんらかの刺激を直接クリトリスにうけるとき痛みを感じるそうです。。そして、この性器切断によるトラウマによって、いつも性交の間、彼女は高いレベルの不安を持ち続けています。今の今まで、私達はこの問題解決に、主に性行為の体位やテクニックによるリサーチをしていました、、、。しかし、私はあなた方団体の情報を知り、あなた方のやられている活動の種類そしてそれによっての可能性を見て仰天しました。私は彼女にこういった手術の存在を知らせてあげたいです、そしてそれが彼女の望んでいることかを考慮してもらいたいと思っています。

寄付

一生忘れられないギフトを出会ったことのない誰かにプレゼントしてみませんか?

ショップ